貧しい人の祈り

おはようございます。ひたちなか教会の小宮山です。
 聖書には、貧しさが度々取り上げられています。貧しい人は幸いである、とイエス・キリストは言われました。

 それでは、聖書のいう貧しさとはどのようなものでしょうか。貧しいというくらいですから、物質的な貧しさが問題となります。しかし、なにゆえ貧しい状態になったのでしょうか。旧約聖書の言葉では、貧しいとは砕かれた、という意味です。石が石とぶつかると、衝撃でバラバラになります。そうしたように、砕かれて、バラバラになり、貧しい者となる。それが、聖書の貧しさです。しかも、この貧しいという言葉は、物質的な貧しさだけでなく、安全を失うということも含まれます。自らを支えてくれるものがなくなるということでしょうか。

 そのような貧しさの中にいる人の祈りが詩編9編の19節にあるのです。
 「乏しい人は永遠に忘れられることなく 貧しい人の希望は決して失われない。」貧しさの中にいると、何もかもがもう終わりだと自暴自棄に陥ってしまうこともあるでしょう。生活の苦しさは心の平安を奪います。そのようなときにこそ、神様に思いを馳せることができます。苦しみの中にいるからこそ、このお方によりすがることができるのです。そして、貧しさから解放されます。これは決して物質的に豊かになるということではありません。心のよりどころを見つける。これこそ、貧しさから解き放たれるただ一つの道なのです。

お知らせ

 

〇 3月24日 主日礼拝

説教「そんな人は知らない」

  マルコによる福音書14章

   66節~15章5節

  149,183,223,27

 

〇 3月31日 主日礼拝

説教「民衆の裏切り」

  マルコによる福音書15章

    6節~20節

    6,309,297,28

 

 

              

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