イエスの存在を疑う人達へ」

イエスの存在を否定することで一番得をしたのは、イエスの敵であったユダヤ人たちでした。しかし、残された証拠はその逆を示しています。数人のユダヤ人が、彼が生身の人間として存在したということを書き残しているのです。ユダヤ教の教えを書いたタルムードの解説書ゲマラには、イエスに関する記述があります。ごく短く辛らつですが、イエスの神性を損ねようという意図に満ちています。しかしこれによりごく初期のユダヤ人たちが、イエスが歴史上存在したことを否定していないことが分かるのです。

著名な歴史家として知られるユダヤ人フラフィウス・ヨセフスはローマ帝国の支配下にあった紀元67年に執筆を始めました。ヨセフスは、イエスの死から数年後に生まれましたが、ローマ人とユダヤ人の間で評判になっていたイエスについて強い興味をもっていたようです。その有名な著書「ユダヤ古代誌(紀元93年)」の中で、ヨセフスはイエスを実在の人物として、次のように記しています。「そのころ、イエスという聖人-もし彼を人と呼んでよいのなら-がいた。彼は奇跡を行い、喜んで真理を受け入れる人々の教師となった。多くのユダヤ人とギリシャ人が彼を信じた。彼は救世主だった。この記述に関して、様々な論争が起こりました。特にイエスを救世主としている部分について、学者達はイエスの信徒がこの部分を付け足したのではないかと考えています。しかし、ヨセフスは確かにイエスの存在を認めていたのです。

それでは、非宗教的歴史家-同世代の歴史家で宗教的な関心をもたない-はどうだったのでしょうか?現在確認できているだけで、19人の非宗教的歴史家がイエスを実在の人物として書き残しています。

古代ローマの偉大な歴史家であるコルネリウス・タキトゥスは、イエスがピラトによって処刑されたと断言しています。イエスの死から25年後に生まれたタキトゥスは、イエスの話がローマ帝国に広がり、人々に強い影響を与えていく様子を目の当たりにしました。このローマ人歴史家は紀元115年、イエスとその信徒たちについて次のような否定的な内容の記述をしています。「彼らは日頃から忌まわしい行為で人々から憎まれ、クリストゥス信奉者として知られていた。この呼び名はクリストゥスという人物の名前から取られており、 ティベリウスの治世下に、総督ポンティウス・ピラトによって処刑された。

· イエスはナザレの出身だった

· イエスはその人生を賢明かつ高潔に生きた

· イエスは過ぎ越し祭の頃、ユダヤ人の王を自称したとして総督ポンティウス・ピラトにより十字架にかけられた

· 弟子たちは処刑から3年後にイエスが死から甦ったと信じていた

· イエスと敵対していた者たちは、イエスが常識では考えられないような数々の業を行ったのを認めており、彼らはそれを魔術と呼んだ

· 当初わずかだったイエスの弟子たちはその数を急速に増やし、ローマにまで広がった

· イエスの弟子たちは多神教を否定し道徳的な生き方をした。また、イエスを神として崇拝した

神学者ノーマン・ガイスラーはこう述べています。

「一般的に知られているこれらの事実は、完全に新約聖書の記述と一致している。」

これらの記述-宗教的非宗教的問わず-の中で語られた人物は、確かに福音書に書かれたイエスの姿と合致します。ブリタニカ百科事典は、これらをイエスが実在したことを証明する十分な根拠として次のように引用しています。

「これらの記述は、はるか昔からキリスト教と敵対していた者たちでさえ、イエスが存在していたことを疑ったことがないという事実を示している。」

歴史的影響

伝説上の人物が実在していたか見極めるうえで重要なのが、彼らがどのように歴史と関わってきたかということです。例えば、アーサー王伝説のアーサー王と円卓の騎士は、その高名さゆえに実在の人物だったと多くの人が信じています。歴史家たちは彼らが実在したことを証明しようと研究を重ねましたが、いまだに彼らが法律や道徳、宗教に与えた影響を見出せずにいます。あの有名な都キャメロットを有する王国が、近代に至るまで歴史になんら痕跡を残していないなどということが有り得るのでしょうか。この歴史的影響の欠如により、アーサー王と円卓の騎士は伝説上の人物に過ぎないことが分かるのです。

歴史家トーマス・カーライルは、「功績なくして偉人となり得ず。偉人伝こそが真の世界史である。」と述べています。 カーライルが記したように、伝説ではなく実在の人物こそが歴史に影響を与えるのです。

実在したアレクサンダー大王は、その軍事征服と国や政府、法律を変革したことで歴史に大きな影響を及ぼしました。それでは、イエスはこの世にどのような影響を与えたでしょうか?

紀元1世紀頃、ユダヤ、ローマ両政府とイエスの人生には何の接点もありませんでした。ローマに暮らす一般市民がイエスについて知ったのは、彼の死後何十年も経ってからのことでした。ローマ文明はその間、イエスの教えとはかけ離れた状態にありました。

やがてイエスの使徒や信徒をコロッセウムで殺すのが国民的娯楽となる頃には、数世紀が経過していたはずです。他の国々でも同様でした。イエスを知っていた人はほとんどいませんでした。イエスは軍隊をもちませんでした。本を書いたわけでもなければ、法律を変えたわけでもありません。ユダヤの指導者達は、イエスを人々の記憶から抹消しようと試み、一旦は成功したようにみえました。

しかし現在、古代ローマ帝国は廃墟となり果てました。無敵を誇ったカエサルの軍隊や権威を誇った壮大なローマ帝国は、もはや完全に忘れ去られてしまいました。ですがイエスは忘れ去られることなく、今日までその名が語り継がれています。一体なぜでしょうか?

· 歴史上、イエスについて書かれた本は他の誰よりも多い

· イエスの言葉を政治の基盤とする数々の国家の存在。デューラントは次のように述べている。「イエスの勝利が民主主義の始まりだった」

· イエスの山上の垂訓により新しく道徳的、模範的概念が誕生した

· 学校や病院、人道支援活動が、イエスの名のもとに設立された。ハーバード、イエール、オックスフォードの各大学は、イエスの信徒によって創設された数少ない大学である

· 西洋文明において女性の地位が高いのは、イエスの教えによるものである(イエスの時代女性の地位は低く、彼の教えが浸透するまで事実上女性の人権はないに等しかった)

· イギリスとアメリカの奴隷制度が廃止されたのは、命は皆等しく尊いというイエスの教えがあったからである

· ドラッグやアルコール依存者、売春婦など人生の目的を見失っていた人々が、イエスを知ることで人生が変化したと告白している

· 世界中で少なくとも20億人がイエスに従うと宣言している。中には口だけの者もいるが、大部分の人々がイエスの教えを実践し、伝えることで世界中に影響を与え続けている。「命は皆尊い。イエスを模範とし互いに愛し合いましょう。」

驚くことに、これ程までに我々の歴史に深く関わっているイエスの公の場での活動期間は、わずか3年という短いものでした。もしイエスが実在の人物でないとするならば、単なる神話が歴史に大きな変遷もたらしたことになります。世界的歴史家H・G・ウェルズは、「歴史上、我々に最も重要な遺産を残してくれた人物は誰だと思いますか?」と聞かれ、「イエスに他なりません。」と答えています。

これら文書による証拠と歴史的影響は、すべてイエスが実在した何よりの証です。私達は歴史の中にイエスの詳細な足跡を見ることができるのです。伝説には事実の裏づけとなるような詳説は存在しません。

デューラントや他の学者達にとって鍵となったのは、時間的要因です。神話や伝説が定着するまでには、数百年という時間がかかります。例えば、ジョージ・ワシントンは決して嘘をつかなかったという話がありますが-おそらくそれこそ嘘でしょう-それが彼の伝説として広まるまでに2世紀かかりました。一方、イエスの話はあまりにも早く伝播していきました。それゆえにイエスが伝説上の人物に過ぎないとは考え難いのです。また、もしイエスが実在しなかったのであれば、彼と敵対していた者達は最初からその存在をただの伝説として片付けていたはずです。しかし彼らはそうしなかったのです。

このような先人による記述やイエス・キリストが歴史に与えた影響により、懐疑的な歴史家達ですら、大多数がイエスは神話でも空想上の人物でもないと認めざるを得ませんでした-ある神話研究の専門家を除いては。

オックスフォード大学出身のC・S・ルイスは、当初、イエスはただの伝説に過ぎないと考えていました。「およそすべての宗教、つまりすべての神話は人類が創造した。キリストもロキも似たようなものである。」(ロキは北欧神話に出てくる神々の1人です。同じく神話に出てくる神トールに似ていますが、ポニーテールはありません。)

イエスは神話に過ぎないと公然と非難したその10年後、ルイスは当時を知る人物が残した記述や、歴史に裏付けられた詳説を知りイエスの存在を確信することになりました。

イエス・キリストは歴史という大地を、まるで巨大な地震のように揺り動かしたのです。その痕跡はグランド・キャニオンよりも大きく、学者達は2000年前この世に確かにイエスが実在し、当時の世界に衝撃をもたらしたことを確信したのでした。.

もう1人、イエスはただの神話であるとみなしている人がいました。イギリスのジャーナリスト、マルコム・マガリッジです。ある時、テレビ局との仕事でイスラエルを訪れたマガリッジは、そこで空想上の人物だと思っていたイエスに関する史跡を訪れました。イエスの生誕地であるベツレヘムやナザレの町、処刑場、そしてイエスの空の墓石-これらを見てまわるうちに、イエスがまるでそこにいるかのような感覚に襲われ出したのです。

「私はその時、新約聖書に関するBBCテレビの番組を作るために聖地を訪れていました。するとイエスの誕生や伝道活動、十字架ではりつけにされたことなどは、すべて実際の出来事だったのだという思いが込み上げてきました。そして気づいたのです。確かにイエスという男性が実在し、彼は神であるということに。」

辛口の批評で知られた18~19世紀のドイツ人学者たちは、福音書に登場するポンティウス・ピラトや大祭司カイアファといった、イエスの生涯に深く関わった人物に関する記述が信憑性に欠けるとして、イエスの存在に疑問を呈しました。20世紀半ばまで、彼らの主張に対する反証はでてきませんでした。

1962年、考古学者がピラトの名が刻まれた石碑を発掘し、彼が実在の人物であったことが証明されました。同様にその存在が不確かだったカイアファも、1990年、彼の名が刻まれた墓石が見つかり実在したことが確認されました。また、サイモン・ペテロの家と、洗礼者ヨハネが洗礼に利用した洞窟も、考古学者たちにより発見されたのでした。

最後に、おそらく最も説得力のある証拠として、彼の信徒が爆発的に増加したという事実があります。イエス抜きにこのようなことは起こりえません。漁師や他の仕事に従事していた男達が、どうやってわずか数年の間にイエスという人物を作りあげることができたでしょう。デューラントは、「イエスは実在したか?」という自身の問いに次のような結論をもって答えています。

「当時の人々が、わずか1世代の間にイエスというパワフルで魅力に富み、高尚かつ道徳的な人物を作り上げることができたというのなら、それこそが福音書に記録されたどの奇跡よりもはるかに素晴らしい奇跡といえるだろう。その後2世紀に渡ってその生涯や人格、教えに至るまで厳しい批判にさらされたにも関わらず、イエスは我々西洋人にとって明らかに歴史上最も魅力に富んだ存在であるといえるだろう。」

ハーバード大学のクリフォード・ハーシェル・ムーア教授は次のように述べています。「イエスを知る者はみな、我々の救世主が神話に出てくる神とは異なることを知っている。イエスは神話の登場人物ではなく、確かに歴史上実在したのである。キリストを信じるものは、神話のような根拠のない想像の産物を信仰の拠りどころとしているのではない。我々は、明白かつ十分な歴史的根拠のある事実を基にイエスを信仰しているのである。」

イエスは実在の人物ではないとするエレン・ジョンソンや、バートランド・ラッセルの主張に賛同する歴史家はごくわずかです。イエスの生涯を記したおびただしい数の文書や、彼が歴史に残した大きな影響、そしてはっきりと事実であると確認された歴史的証拠により、学者たちはイエスが実在したと確信するに至ったのです。神話や伝説にここまでのことができるでしょうか?「はい」と答えるのは一部の懐疑的な学者達だけでしょう。

ケンブリッジ大学のマイケル・グラント博士は次のように書き記しています。「結論として、近代に至るまでキリスト=神話説を証明しようと様々な評論が成されてきたが、そのどれもが失敗に終わった。これまでに繰り返し、一流の学者によってキリスト=神話説が否定されてきたので、最近ではまともな学者は危険を冒してまでイエスの非史実性について議論しようとはしない。」

イエール大学のヤロスラフ・ペリカン博士は次のように語りました。「ナザレのイエスに対する我々の思いや信仰を抜きにしても、約20世紀もの間、彼は西洋文明において最も影響力のある人物であった。彼の誕生により多くの民族の暦が始まり、彼の名において何百万という呪いと祈りが唱えられてきたのである。」

現代における最大の疑問は「本当のイエス・キリストは誰か?」というものです。

イエスは、単に他より優れた人間に過ぎないのでしょうか。それとも、パウロやジョンをはじめとする彼の弟子たちが信じていた通り、肉体をもった神だったのでしょうか?

イエス・キリストが語り行動するのを目撃した人々は皆、イエスは処刑後、肉体の死から甦ったと信じていました。もしこれが間違っているならば、現代に至るまでイエスを信じ従ってきた人々はみな、嘘を支えとして生きてきたことになります。しかしそれが本当だったとしたら、イエスが神や彼自身、そして我々について語った奇跡のすべてが事実と認められるのです。

それでは我々は、イエス・キリストの復活を信仰によってのみ信じればよいのでしょうか?事実であることを裏付ける証拠はあるのでしょうか?懐疑的な学者たちは、イエスの復活に関する記述が誤りであることを証明しようと歴史文献の調査を始めました。さて彼らは何を発見したでしょうか?

有名なモナ・リザの微笑みの中に、イエス・キリストに関する驚愕の陰謀説の手がかりがあるとされています。イエスはマグダラのマリアと結婚していたのでしょうか?コンスタンティン皇帝はイエス・キリストの真実が書かれた記録の隠滅を命じ、現在我々が崇拝している神を新しく作りあげたのでしょうか?

イエスが死から甦ったのならば、死後何が起きるかよく知っていはずです。彼は命の意味と我々の未来についてどのように語っているでしょうか。神へと通じる道はいくつもあるのでしょうか、それともが言ったようにたった一つなのでしょうか?

ある神学者は現代でもイエスは通用するかという疑問を取り上げています。イエスは我々が抱く人生における大いなる疑問「私は誰か?」「私はなぜここに存在するのか?」「私はどこへ行くのか?」に答えることができると思いますか?中には失墜した教会と十字架の権威を目の当たりにし、できないと言う人もいます。彼らはイエスは去り、我々は独力で、この制御不能な世界に立ち向かわなければならなくなったと考えています。しかしイエスは冷淡で無力だとあきらめる前に、彼がこの地上における生命とその意義について何と語っているか見てみましょう。彼の愛を記した聖書から2000年の歴史の中で如何に多くの人が絶望から、悲しみから救われ忍耐と希望をもってこの世を歩んで行ったか、そのことを考える時に、彼の存在が事実であったと確信せざるを得ないのであります。

 「イエスがなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。私は思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう」

        ヨハネによる福音書 21章25節

 

 

           https://www.youtube.com/watch?v=o_NtGRqp6zA

お知らせ

 

〇 11月18日 主日礼拝

説教「逆転の問いかけ」

マルコによる福音書11章27節

~12章12節

21-166,21-475,21-510,545

 

〇 11月25日 主日礼拝

 説教「イエスに対する罠」

マルコによる福音書12章13節~17節

21-149,21-377,21-390,541

 

            公  告

1018年度第二回会員総会

11月25日午後0時45分~

13時30分

於: ひたちなか教会礼拝堂

議題:2019年度予算案

現住陪餐会員はご出席下さい。

            

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